明治・大正・昭和前期の歴史を対談方式で語っている本です。この時代の政治がどういうものであったかを知るきっかけとするのに紹介したい本です。
・天皇は昔から象徴天皇であった。
・大日本帝国憲法下でも民主主義であった。二・二六事件以後の選挙でも、社会党の前進である社会大衆党が議席を伸ばしており、厭戦的であったが、日中戦争が進むにつれ、戦争中に厭戦とも言っていられなくなった。(そもそも厭戦の戦争の対象はソ連であり、中国とのシナ事変等は、一時的な事件と考えられていた)
・民主主義はアメリカから与えられたものではなく、明治維新以後日本人自身で作った憲法下ですでに民主主義であり、天皇は国の最高機関ではあるが、政治の責任は内閣にあったといえる。
・満州事変は政府は不拡大路線であったが、一日違いの差で石原莞爾には政府方針が届かず、戦線拡大してしまった。この政府方針が関東軍よりも先にアメリカに届いて、アメリカ側で不拡大路線約束違反を発表してしまったために、なぜ作戦内容がアメリカに漏れるのかと軍部の反発を招いた。
・日本政府も国民も、シナ事変はすぐ終わるものと考えていたが、気づいたときには日中戦争となって泥沼化に進まざる終えなくなっていた。それは、日本政府も国民の手前、講和条件を高くせざる終えなくなり、蒋介石も講和条件に従うと毛沢東勢力に殺される恐れがあり引くに引けなくなっていた。
・日本の朝鮮、満州、シナへの侵略は、当時は侵略という意識はない。大英帝国、フランス、オランダ、アメリカといった、列強と対等に付き合うには国力の増強が必要で、帝国主義列強が世界で勢力拡大を積極的に行っていたのと同様のことをアジアで行い勢力拡大が必要であったが、天皇は親善を説いていた。事件が戦争に発展するとは最初は思っていなかった。
などなど、あまり歴史教育では教えられてきていないことが、みんなが知らないことが対談形式で書かれていますので、ハードカバーの本ですが、一気に読めてしまえました。
この時代のことはもっと勉強しないと本当のことがわからない。でも、昭和20年以前がずっと暗黒の圧制の時代ではなく、少なくとも昭和12年までは選挙で社会大衆党も議席を伸ばしているし、反戦(対ソ連)記事も新聞では書かれていた。
あと、新聞は戦争が始まると反戦記事をやめるわけですが、反戦記事を書き続けていると部数が落ちるということがあったためであり、新聞が政府の意を受けて大衆を扇動したというよりも、新聞が大衆に迎合したという構図のほうがあっているようです。
ということは、今のマスメディアがたよりないのは、国民がたよりないからということでしょうかね。国民が賢くならないとだめってことですね。